耽美なる日記

耽美で幻想的なものを愛する人間が綴る駄文でございます。興味をお持ちになったらコメントしてくれると嬉しいです。

5月8日

私はあいにく理系だから日本史に関して言うと、中学生だった時と世界大戦前後の近現代のみ習った高一の時しか触れていない。

暗記は大嫌いだから理系で良かったーと思うけれど、歴史を更に深く学びたかったという欲もある。

日本三大仇討ちのひとつ"曽我物語"に興味を持っている今日この頃。

話の大筋しか把握してないけれど、曽我兄弟かっこよすぎやしないか!

復讐って周りからいってみれば愚かだろうけど、その悲願を達成するために命懸けで人生を送る彼らの勇猛さや愚直さには、正直心惹かれてしまう。

簡単に言ってしまうと、幼少期に父を殺された恨みを晴らすために兄弟が華々しく仇討ちする話。簡潔すぎだろうか。

なんだかよく分からないけど真名本と仮名本があるそうな。仮名本の方が歌舞伎や浄瑠璃なんかのストーリーに近いらしい。

原文をインターネットで見たけど、思ったよりも簡単で理解できそう。いつか曽我物語の歌舞伎とか見てみたいなーとは思う。

現代語訳本を買って読んでみたら、またここに感想を記そう。

そもそもなぜいきなり曽我物語かというと、曽我物語をベースに構成された某ミュージカルがYouTubeで無料配信されていたからなんだな。興味が出たら検索してほしい。

 

"隈なき影に、兄弟、庭に出でて遊びけるが、五つ連れたる雁が音の、西に飛びけるを、一萬が見て、「あれ御覧ぜよ、筥王殿。雲居の雁の、いづくを指してか飛び行くらん。一連も離れぬ仲の羨ましさよ」"

(作者不詳"曽我物語"より)

5月7日

自分の好きなものを他人に押し付けてはいけないと分かっているはずなのに、今日もそれで自己嫌悪に陥ってしまった。そのコンテンツの良さを知ってほしくておすすめしているから、感想が期待していたものと違うと落ち込む。

先週もこんなことがあった。私は邦楽だとポルノグラフィティがいっとう好きだから、最近見つけたお気に入りの曲を友人に聞かせた。直後にサビは?と言って、10秒ぐらいで〇〇とは趣味が合わないわーって。別にいいけどさ。

閑話休題

日本の耽美文学を代表する作家谷崎潤一郎の作品はどれも目眩がするほどのエロティシズムと葛藤に溢れていて最高というほかない。

"誰も彼も挙って美しからんと努めた揚句は、天稟の体へ絵の具を注ぎ込むまでになった。芳烈な、或は絢爛な、線と色とがその頃の人々の肌に躍った。"

(谷崎潤一郎"刺青"より)

"検校の墓石に手をかけてその石の頭を愛撫しながら夕日が大市街の彼方に沈んでしまうまでは丘の上に低徊していた"

(谷崎潤一郎"春琴抄"より)

耽美を甘受するのは簡単だけれど、造り手側はインモラルとも捉えられることをあくまでも美として昇華しているのだから感慨深い。半道徳的なことへの憧れなのか、非日常へ誘う使者のような概念だからかは上手く言葉に表せないけど、耽美というジャンルが私を惹き付けてやまないのはその追求されたうつくしさが根底にあるからに違いない。

4月27日

昨年の11月に須永朝彦という作家を知った。私を"耽美"な雰囲気の底知れぬ沼、いや天空の彼方へと連れ去ってくれた神さまだ。

"それを敲けば斯様に荒涼として綺羅綺羅しい音を立てるだらう"

"犒ひの言葉を贈つて、おもむろにその愛されるための華奢な頸すぢに唇を寄せた"

(須永朝彦 "契"より)

彼が生涯貫いた旧仮名遣いで綴られる文章はこれこそ耽美の権化だといえるほどの濃密さであった。登場人物は皆欧州の美男にも関わらず、どこか日本的な奥ゆかしさが潜んでおり独特なエロティックな世界を築いている。

私は時々、いわゆるホラーと耽美は紙一重なのではないかと考える。精神的な恐怖がどこかでねじ曲がって、恍惚とした美しさを生むのかもしれないなと。

"鏡のなか、揺れる火影に映し出された私の躯の上には、泡雪が降り積もっていた。しかし、灼けた蝋燭の滴りは、私の膚の上で溶けることはなかった。"

(石川貴一 "明烏偐泡雪"より)

 

友人2人と桜を愛でた今日。歩きながら綺麗だねしか言えなかったけれど、本当に綺麗だったんだもの。全て同じソメイヨシノらしいけれど、下から青空を覗くように見たのと、上から白いポンポンみたいに見えたあの桜たちはそれぞれ得意な表現が違うよう。

橋を見ると一休さん思い出すんだよね、と語った友人はもう1人と橋の真ん中を歩いた。私はなんだか気恥ずかしくて彼らの横を歩いた。

4月27日

私の好きなインフルエンサーが1人の女性の命日を悼んでいた。

二階堂奥歯だ。

2003年の昨日、自ら命を断ったらしい。彼女の日記のようなブログを読んでみると最新の文章はこの世への別れを告げる文言だった。遡ってみると彼女の好事家的趣味や、膨大な読書量からくる知識の洪水でうっとりと浸ってしまった。

彼女のようなブログを書けるとは思っていないけれど、自分の日々の軌跡をこうして記すのも楽しいかと思って始めてみることにした。